こんにちは! ブログ担当の渡邊です。
早いものでもう1月が終わろうとしております…。まさに光陰矢の如しでございますね。
で、何で月日が経つのが早いことを「光陰矢の如し」っていうのかなってふと気になりまして。
当方、気になったことはすぐに調べたくなってしまいますので、調べてみました!
光陰矢の如しのことわざは、昔の中国・唐時代の詩人、李益(りえき)の作品『遊子吟(ゆうしぎん)』が由来とされているそうです。こちらの五言詩のなかに、「君看白日馳、何異弦上箭(君、馳せるの白日を看よ、何ぞ弦上の箭に異ならん)」という一節があります。ざっくりとした訳は、「太陽があわただしく動くさまは、弓から放たれた矢のようだ」とのこと。
光は「太陽の光」、陰は「月の陰」を指しまして、年月や月日の比喩表現。上の詩で時の流れの速さを矢が飛ぶ速さに例えているので、転じて光陰矢の如しとなったという…。へ~ですね!
これ、もしも「矢」じゃなくて「馬」だったら、光陰馬の如しになっていたんですかね。(午年なだけに)
三国志で有名な赤兎馬だったら、光陰赤兎馬の如し…? それもなかなかかっこいいですね! 赤兎馬は元々呂布を乗せていて、のちに蜀の武将・関羽の愛馬となったのですが、私はこの赤兎馬に関するエピソードが大好きですね~。関羽の武力と忠義に惚れ込んだ曹操が金銀財宝をはじめいろんな贈り物をしてヘッドハンティングを試みるけれども関羽は全く喜ばず、それどころか一切手を付けずにきちんと返品してくる始末。そこで赤兎馬をあげてみたら、「この馬なら劉備の元にすぐはせ参じることができます」と言って関羽が大喜びしたというお話です。関羽の性格がよく分かるエピソードですよね。そんな関羽に曹操はますます惚れ込んだそうな。(ちなみに私の好きな武将は黄忠です)
さて、光陰矢の如しの由来が分かってすっきりしたところで、楽器のご紹介をしていきたいと思います。今月は何といっても箏がよく出ます。そのため、箏本体と箏の備品のメンテナンスは大忙しです。この日は長谷部さんが箏本体、井出さんが備品のメンテナンスをしていました。長谷部さんは昨年メンテナンスに仲間入りしたスタッフなのですが、もう箏のメンテナンスをバリバリこなしています!すごいですよね~。糸締めで挫折した私とは大違いです。


これがまさに糸締めをしているところです。弊社ではレンタルだけでなく、学校にある箏の修理も承っておりまして、糸(弦)の締め直しや交換を依頼されることもあります。糸締めは難しい作業なので、学校で行うのは結構大変かなと思います。
長谷部さんは接着剤にもとても詳しいので、箏爪や修理品の相談にも乗っていただいてます。メンテナンスの部署にはそれはそれは多種多様の接着剤があるのですが、どれとどれはこの接着剤と相性が良いとかまで完璧に把握していなくてですね…。そんなときは長谷部さんの出番というわけです!

こんな感じでチューナーをつけて調弦をしております。弊社の箏は平調子(ひらぢょうし)で調弦を行っております。箏の調弦ってどんなふうにやるの?と思われるかたもいらっしゃるかもしれませんが、基本的には柱を立てて音の高さを調節していきます。

井出さんがメンテナンスしている象牙色の小さい足のようなものが「柱」です。柱は落としたり倒れたりすると欠けることがありますので、このようにひとつひとつ検品をしながら拭き上げ作業を行っております。この柱を立てて調弦していくのですが、柱の位置を変えると音程も変わります。箏の演奏する側の方を龍頭(りゅうとう)というのですが(かっこいいですよね)、龍頭側から柱を離せば離すほど音程は低くなります。逆に近づけると音は高くなります。

調弦をするときに一番大切な作業が、柱を立てる前にとにかくしっかり弦を伸ばすこと!
これは三味線や三線も同じです。馬場さんのメンテナンス講習を受けたときに、弦の伸ばし方なども教えてもらいました。弦は温度や湿度で簡単に伸びたり縮んだりします。レンタルから返ってきたばかりの弦は縮んでいることが多いので、まず13本すべての弦を丁寧に伸ばしていきます。ここで伸ばしておかないと、後で音がずれてしまうんですね。弦の劣化がないかどうかの確認にもなります。そのあとに柱を立てて音の高さを調整していくというわけです。
箏にはほかにもたくさんの調子があります。乃木調子ですとか、半雲井調子ですとか、楽調子ですとか…。初心者がまず弾くであろう楽曲「さくらさくら」は平調子です。
この平調子、江戸時代の初期に活躍した盲目の演奏家・八橋検校(やつはしけんぎょう)によって発明されました。八橋検校は筝曲の基礎を築いた人といわれていて、この平調子の発明はとても画期的だったようです。ちなみに「検校」というのは人名ではなくて役職名です。
それまでの箏は雅楽で用いられるものという位置づけだったのですが、新しい調弦方法の発明のおかげで箏と三味線との合奏が可能になり、今日に至るまでたくさんの曲が作られました。雅楽の箏はどちらかというと高くて明るい音階、対して平調子は低くて暗い音階だそうなのですが、それが庶民に受け入れられて広く普及していったとのこと。当時の雅楽は貴族や僧侶が儀式に用いるものでして、庶民にはなかなか馴染みがなかったそうなんですね。
八橋検校の門弟に師事した生田検校が、元禄時代に関西で創始したのが生田流といわれています。はい、あの超有名な生田流ですね。生田流の爪は四角くて、山田流の爪は丸いと覚えている人もいらっしゃるかと思います。山田流は江戸で生まれたものなんだそうですよ。興味深いですね!
ちなみに弊社では生田流・山田流それぞれの爪を用意しております。ご興味ございましたらぜひお問い合わせください。

こちらの爪は生田流です!
何だか歴史の授業みたいなブログになってしまいましたが(笑)、楽器の成り立ちを知るとき、そこには必ず当時の歴史的な背景があります。それを紐解いてみるのもなかなか面白いものです!
箏についてはいろいろな話がありますので、またご紹介したいと思います。
弊社では一面一面丁寧にメンテナンスした箏をご用意しております。演奏だけでなく、「生徒たちに現物を見せたいのでレンタルしたい」といったご相談もお気軽にどうぞ。ご利用を心よりお待ちしております。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!
